永井 隆は どこで はたらいた人?
永井先生がくらした場所の地図を見る
1. 地図を大きくしたり動かしたりして、浦上地区のまわりの様子を見てみよう。
2. 爆心地(平和公園のあたり)と如己堂が、どれくらい近いかをたしかめてみよう。
永井隆先生がはたらいていたのは、長崎市の北がわにある浦上地区の「長崎医科大学」(今の長崎大学医学部)です。
1945年8月9日、原子爆弾が落とされた爆心地から、大学まではおよそ700メートルしかはなれていませんでした。先生は、街がいちばんひどく焼けた、まさにその場所で人びとを助け続けたのです。
後に先生が暮らした二畳ひと間の小さな家「如己堂」も、同じ浦上にあり、今も長崎市永井隆記念館のとなりに残っています。